太宰府
町の歴史は約1300年前、九州全体を治める 「大宰府」という役所が置かれたことに始まる。
大宰府は奈良から平安時代までの律令体制下の役所で、律令とは天皇を頂点とする貴族政治のこと。
武家による鎌倉時代が始まると、大事府は廃止される。それ以降、この土地は「太宰府」としるされ、律令時代の「大宰府」と区別した。
したがって、「大」と「太」では大違いとなる。
太宰府には今もその歴史をしのばせる大事府政庁跡、水城跡、観世音寺、太宰府天満宮など多くの史跡や名所が存在する。
昭和57年に市制が施行され、現在の人口は約6万人。福岡都市圏の住宅都市として発展している